倉林です。

 
 

つい先程、目玉焼きを食べました(笑)

 
ご飯はなしで。

あたたかい目玉焼きはごちそうだなあ…。

 
 

さて、

「卵を”ご神体”とした宗教」

ってどうなのかなあ…と妄想しておりました。

 
教祖様は僕です(笑)

 
「毎日3個は卵を食べましょう」

とか言っているかもしれません。

 
次第にエスカレートして

「毎食3個は卵を食べましょう」

とか言っているかもしれません。

 
まあ間違っても

僕の発言を信じるなんてことはしないでくださいね(笑)

 
いらん心配か… ^^;

 
 
いつものマジメな話に戻りますが(笑)

 
「信じる」

という行為は、

一見すると善に見えますが

必ずしも善ではありません。

 
むしろ善ではない場合が多い、

くらいにとらえておいた方がよいかも。

 
あ、悪だという意味でもないですよ。

 
 
今回お伝えしたいのは、

安易な「信じる」行為は、

ただ「自分のアタマで考えることを放棄している」だけ

かもしれない、ということです。

 
簡単に言うと、依存です。

 
 
「信じていたのに」

がクチグセなら要注意です。

 
あるいは、

過去の成功体験や過去に教わったことを信じて

前に進めないとか。

変化に対応できなくなるんですよね。

 
 
安易な「信じる」行為は

ただ「自分のアタマで考えることを放棄している」だけ

とはいったものの、

自分のアタマで考えるのって大変ですからね。

 
つい

「考えてもわからなーい」

「○○さんが言っていたから安心♪」

と安易に信じてしまうのも分かります。

 
そういえば…、

「Facebookで知らない人から友達申請が来たんだけど、

くらさんの友達みたいだから安心♪

と思って承認しといた」

とたまに言われるのですが…、

止めてくださいね(笑)

 
 
それと、

信じてはいけないってわけでもありませんよ。

 
「結局、どうしたらよいのか分かりません」

とか安易に思考放棄せず、

信じたければ信じればよいのです。

 
 
「信じる」ときの1つのポイントがあります。

 
それは、

「後で恨み節を言わない」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ということです。

 
信じたことを忘れるくらいでよいのかも。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 
いつも「私は○○さんを信じた」と自分に言い聞かせるのは、

それはそれで疲れそうですし、

そもそも信じていないと思います(笑)

 
 
想定外のことが起きたとき、

「信じてたのに…」

と言いたくなる気持ちは分かります。

 
けれど、恨み節は止めた方がいいです。

キッパリ。

 
 
自分には全く非がないような言い回しですが、

信じたのも

後悔する結果になったのも

ちょっとくらいは責任がありますから。

 
善悪(どちらが悪いか)の話ではなくて、

当事者として関わっている以上、

影響力がちょっとはあるだろうという意味です。

 
影響力がゼロだったら

存在していないのと同じですからね。

これはありえません。

 
どんなカタチであれ、影響力があり、

責任があります。

 
 
あ、あとね、

いったん信じても

間違っていたと思ったら

考えを変えてもOKですよ。

 
ただし恨み節は言わないこと。

批判もしないこと。

 
 
余談ですが、

僕は卵の包容力を信じています(笑)

 
あんなにやさしく寄り添うものは他にないわ…。

 
 

あなたは、何を本当に信じていますか?

 
 

それでは、

今日も最高の一日になりますように!

 
 

(一人起業家専門Web集客ドクター 倉林)

 
 

<追伸>

目玉焼きを何個食べたのかって?

聞かない方が身のためです…(笑)

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

「そう考えればいいんだ!」と言われる無料メルマガをやっています。 すごいメルマガ